2008年8月アーカイブ
昨日お参りの帰りにた雨が降っている時に西の空より太陽が覗き明るくなったときに、東の空に虹が現れました。
時間が経つに連れて薄くなってきましたが、丁度ガソリンスタンドでまだ見えていたので動画と写真を撮りました。

金沢掃除に学ぶ会代表世話人
市山勉さん
トイレ掃除で心を磨こうという全国運動を県内に広めた立役者の一人である。「業者よりきれいにする自信があるよ」と笑うトイレ磨きのスペシャリストだ。
増える指導依頼
素手、素足でトイレを磨く活動の普及に努めて十二年。近年では人間教育として注目され、学校などから指導依頼が増えた。「便器の汚れが落ちると達成感がすごい。最初はいやいや掃除している子も、ものの十分で表情が変わるから不思議です」。
トイレ掃除をきっかけに素行に問題のある生徒が更生に向かったり、不登校の子供が活動に参加して学校側が驚いたこともあった。
十二年前、イエローハット創業者・鍵山秀三郎氏の著書を読み、その掃除哲学に心を揺り動かされた。以来、氏にならって、自身が経営する会社のトイレを朝一番に磨くのが日課になっている。
最近のうれしかったニュースは、トイレ磨き運動を続ける七尾高男子バスケットボール部が二十二年ぶりにインターハイ出場を勝ち取ったことだ。「トイレ磨きの成果です」との優勝報告を受けて鍵山氏にも知らせたところ、返信のはがきには「高校生の鑑」のひと言が。「心の師」と仰ぐ人物からの賛辞をわがことのように喜ぶ。
悪戦苦闘能力
鍵山氏の言葉を引き、人間に一番大切なのは「悪戦苦闘能力」だと説く。「錬金術」とも称されるIT業界などのサクセスストーリーがかまびすしい昨今である。
「一獲千金を狙うと子供は手を抜いちゃうんです。大きな努力で小さな成果を得ることの大切さを教えたい」と、きょうも便器に向かい合う。

金沢市出身。東海大卒。1999年に、かが・山中掃除に学ぶ会の発足に携わり、02年から金沢掃除に学ぶ会代表世話人。エオネックス社長。49歳。
平成20年8月29日付け
北国新聞 記者(竹森和生) より
小生も約30年ほど前に白山比咩神社の宮司さんが一般参詣者が使うトイレを掃除しているという話をお聞きしたことがあり、小生も習って真長寺のトイレを掃除していたことがあります。
トイレには烏樞沙摩(うすさま)明王をお祭りします。ちゃーんとおトイレにも守護が居るんですね。
若かりし日 修行の時にはトイレにはいるとき、
「オン クロダノ ウンジャク」「大小便時 當願衆生 蠲除煩悩 滅除罪法」といってトイレに入りました。
以下トイレ作法を記す。
厠所作法
厠所には水瓶、抹香を用意のこと。何十年か前の日本の便所に比較すると、佛教寺院の便所への配慮の十分であったことが、うかがわれる、資料である。
先ず、厠所に到り、弾指すること三度、まさに厠に入るべし。
三度ノックをする。こんな作法が佛教以外にかっての日本にあったのであろうか。
次に、烏す沙摩の三摩地に住す。
烏す沙摩とは明王の一で、不浄を清める明王として、真言宗寺院の便所に祭られている。
真言は、オソ、クロダナウ、ウソ、ジャクである。五遍誦して五処を加持する。
偈は
「大小便時、当願衆生、しょく除煩悩、滅除罪法」
大小便を行者の煩悩や罪と見て、体外に排出する。と同時に衆生のそれも消滅するようにと願うわけで、便所も佛道修行の道場なのである。
終わった後も作法があるのだがそれは省く。
皆さん一度はトイレに入るとき神仏様に感謝して頂いた食べ物のカスを体外に排泄する当たり前の行動に感謝しトイレに接して見ても良いかもしれませんね。
Googleで検索すると當寺と同じ名前の寺院が岐阜県にあります。
調べてみますと、大きなお寺でした。
ウィキペディアフリー百科事典にまで載っている由緒あるお寺です。
以下百科事典の中身
真長寺(しんちょうじ)は、岐阜県岐阜市にある高野山真言宗の寺院である。山号は三輪山。通称「三輪釈迦」。正式名称より通称で呼ばれることが多い。本尊は釈迦如来。
石庭は江戸時代初期に造られた枯山水様式の庭であり、龍安寺の石庭と同じ様式という。毎年観月会が開かれ、一般開放されている。
沿革
開創時期は不明である。一説にはすぐ近くにある三輪神社の別当寺として開創されたという。
当初の名前は「洞泉山 真長寺」であったが衰退する。1535年(天文4年)に再興される。
1558年(永禄元年)に再び焼失する。再建後は織田信長、徳川家康の保護を受けたという。
文化財など
釈迦如来坐像
平安時代初期の作。国の重要文化財。
石庭
江戸時代初期。岐阜市名勝。
所在地
岐阜県岐阜市三輪778-1
交通機関
岐阜バスより「三輪釈迦前」バス停下車。徒歩すぐ。
JR岐阜駅バスターミナル(岐阜駅北)
11番のりば 高美線「美濃市駅」「中濃庁舎」行き
12番のりば 加野団地線「三輪釈迦前」行き
名鉄岐阜のりば(名鉄岐阜駅西)より「三輪釈迦前」バス停下車。徒歩すぐ。
4番のりば 高美線「美濃市駅」「中濃庁舎」行き 加野団地線「三輪釈迦前」行き
だそうです。
宗派を見たら同じ真言宗だった。 (#⌒∇⌒#)ゞ ポッ
うーん當寺とは段違いだ。
當寺の歴史を見たら1607年に開かれているので、ありゃりゃ 昨年で400年だった。 うーん開寺400年祭などしなければならなかった。
来年ぐらいをメドに考えよう。
新婦の出身地・新潟の祭り
披露宴で再現
新郎新婦らがキツネの面を着けて入場する結婚披露宴が二十三日、七尾市和倉温泉のあえの風で開かれた。新婦の出身地である新潟の祭りを再現した企画で、神秘的な演出が出席者らを驚かせた。式を挙げたのは七尾市小島町の宮崎大地さん(26)と新潟市出身の石山千佳代さん(24)。新潟県津川町では新婦が化粧や動作でキツネに扮する「狐の嫁入り」行列が毎年五月に行われており、石山さんが古里への愛着と独創性を強調する狙いで再現を提案した。
篠笛が響き、ろうそくの明かりの中、提灯に先導されて人力車に乗った二人が入場すると会場にどよめきが起きた。行列参加者全員が面を着け、二人の門出を祝った。

キツネの面をかぶり入場した新郎新婦=七尾市和倉温泉の旅館
平成20年8月24日付け北国新聞より
北陸の冬に強い見方
建物や人に大きな被害をもたらす落雷を未然に防ぐ「消雷装置」を金沢工大産学連携室の饗庭貢教授が開発し、二十一日までに特許を取得した。従来の避雷針と組み合わせて建物に取り付けることで、落雷の50%から70%を打ち消せるという。饗庭教授は実用化を目指し、今月から金沢市古府二丁目のテレビ金沢屋上で実証実験を開始する。
雷は高い所に落ちやすく、金属に引き寄せられる。避雷針はこの性質を利用して雷を引き受け、周辺の建物や人への落雷を防いでいる。しかし、避雷針への落雷でも衝撃は大きく、建物内にいる人が感電したり機器が壊れたりする場合も多い。
開発した装置は電気を通さない特殊なガラス製で、数十センチの円筒形。避雷針に取り付けると、雷を招く原因である空気中の電子の移動を打ち消す効果があり、結果として落雷を阻止できる仕組みだ。
実用化へ実証実験
金沢市観音堂町のテレビ放送所と、テレビ金沢社屋には饗庭教授によって同じ避雷針が設置され、二〇〇五(平成十七)年八月から試験的に、テレビ金沢の避雷針にのみ消雷装置が付いている。
「装置を取り付けて以来、落雷被害はなくなった」(関係者)とされ、饗庭教授は今月から冬にかけての実証実験で落雷の強さや頻度を比較し、装置の有効性を確かめる。
金沢工大・饗庭教授特許を取得
落雷日数が年間平均四十日を超える金沢は世界的にみても激雷地で知られる。饗庭教授は「停電で機械が止まると損失が大きい工場や高層ビルで需要があるだろう。将来は家庭に普及できるほど安くしたい」と話し、今秋には装置についての論文を日本電気設備学会一に投稿することにしている。

避雷針に取り付けられた「消雷装置」(赤点線囲み部分)
平成20年8月22日付け北国新聞記事より
金石の道入寺が公開
金石西三丁目の天台宗道入寺は十三日、江戸中期の絵師円山応挙が描いたものとされる「飴買い幽霊」の掛け軸を公開した。暑い日が続く中、地元住民や墓参り客が幽霊画に手を合わせ、一服の涼を得た。
同寺の言い伝えによると、掛け軸に描かれた女性は「たみ」という名で、江戸中期、出産を前に亡くなり同寺に埋葬された。その後、付近の飴屋に飴を買いに来る女性が現れ、飴屋が後を追うとたみさんの墓前で消えた。同寺の和尚と共に墓を掘ると、遺体の横に飴をくわえた男の赤ちゃんがいた。飴を食べて生き永らえた赤ちゃんは後に同寺の七代目住職になったという。
同寺は掛け軸保存のため、観光客から要望があった時のほか三月十五日の涅槃会(ねはんえ)と八月中旬の旧盆にだけ公開しており、今年の旧盆時期の公開は十六日までとなっている。

公開した掛け軸の前で手を合わせる白崎良螢住職
金石西3丁目の道入寺
北国新聞 平成20年8月14日 記事より

