2008年2月アーカイブ

昨日までの雪が嘘のような天気だ外気温も10度と昨日とは雲泥の差です

積雪十分、今季最後

湯涌温泉の氷室小屋で十八日、今季最後の雪詰め作業が行われた。小屋の一割程度にしか雪が入らなかった先月二十七日の「氷室の仕込み」 から約一カ月。ようやく小屋は雪でいっぱいとなり、作業にあたった地元住民の顔にも安堵の表情が広がった。「氷室の仕込み」 後の雪詰め作業は、当日だけでは三十立方㍍入る小屋がいっぱいになるほどの雪が確保できないため、まとまった積雪が確認され次第、 行われている。

地元住民「これで安心」 湯涌温泉

今年は仕込み日以降、なかなか雪が降らず心配されたが、ここ数日で小屋周辺には七0㌢積もったという。この日は、地元住民十五人が 「そこの雪も持ってこい」「もっとしっかり踏まんとだめや」などと話しながらスノーダンプで周辺の雪を運んだり小屋の中で雪を踏み固めた。 軽い親切だったため作業は順調に進み、一時間もしないうちに小屋はいっぱいになり、住民たちは「これで安心して『氷室開き』を迎えられる」 と話した。

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雪詰め作業に励む住民  =湯涌荒屋町 

県歴博の75点

日本美術刀剣保存協会県支部の高桑邦夫支部長ら四人は十八日、県立歴史博物館が所蔵する刀剣を手入れした。 博物館が施設運営に民間ボランティアの力を活用する取り組みの一環で、会員は慣れた手つきで刀身の油を塗り替えた。博物館は、 終戦直後に連合国軍総司令部(GHQ)が接収した刀剣「赤羽(あかばね)刀」のうち、 加賀の刀工が手掛けた室町-江戸期の七十五点の手入れを協会に依頼した。会員は刀剣を手に取り、刀身に打粉をはたいて丁子(ちょうじ) 油をぬぐい、さびや傷の状態を確認して、油を塗る作業を繰り返した。今後も年二回のペースで保存作業を行う。

 

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刀剣を手入れする日本美術刀剣保存協会
県支部のメンバー     =県立歴史博物館

平成20年2月19日 北国新聞 記事より

 

合併時から存廃論議

白山市は十六日までに、旧美川町のシンボルとして知られる昭和期建造の給水塔を撤去する方針を固めた。同日、 同市で開かれた市民との懇談会で、角光雄市長が新年度当初予算案に関係予算を計上する考えを明らか一にした。角市長は、 北陸自動車道沿いに異彩を放つ「美川県一の町」 の広告塔についても「将来的には撤去すべき」との意向を強調した。 三年前の市町村合併当時から存廃論議があった「シンボル」が消えることになる。
撤去される見通しとなったのは、一九五七(昭和三十二)年建造の旧上水道給水塔。高さ約三十二㍍で、「アクアタワー」 の愛称で住民に親しまれてきた。九年前に給水塔としての役割を終えたが、地元青年部が年末年始にイルミネーションを飾るなどしてきた。

市民交流センターで開かれた懇談会の席上、角市長は「シンボルマークをなぜ壊すのか」という一声もあるとした上で、 大.地震が起きると壊れる可能性があると老朽化を指摘。旧美川町時代から撤去が検討されながら「費用がなく壊せなかった」と説明し、 新年度予算案に撤去に向けた計画策定費などを計上する考えを示した。市によると、撤去は二〇〇九年度以降になるという。
一方、「美川県一の町」の広告塔に関しては、角市長は国有地の無償提供を受けて設置されていることを挙げ「広告塔は壊して、 土地を国にお返ししたほうがいい」と述べ、撤去が望ましいとの考えを明らかにした。 広告塔が設置されている下水道施設についても窓ガラスが割れるなど廃虚化が進んでいるとした。

歌手の美川憲一さんを連想させる語句が注目を集めてきた同広告塔をめぐっては、二○○五年二月の合併前に論議を呼び、 旧美川町議会では「町」を「街」に変更して存続させる案などが出されていた。結局は「看板は全国的に認知度が高い」 として旧町が据え置くことを決めていた。

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撤去なら遺憾  旧美川町長


「美川県一の町」の発案者である竹内信孝旧美川町長は「広告塔は全国的にも知名度が高く、評価されている。撤去されるとすれば、大変遺憾だ」 と話した。広告塔は旧美川町が一九九八(平成十)年四月一日に設置した。

ちょっぴり寂しい 美川憲一さん

字は違っても、わたしの名前を使っていただいて、とても親近感がありましたわ。テレビでも紹介され、高速道から目立ってねえ、 どこ行っても「あの看板見た見た」ってファンの方から言われましたのよ。わたしも何度も見てますし、すごく喜んで、楽しませてもらったわ。
合併で美川町がなくなって看板もなくなるという噂もあったのよね。今までよくぞ置いていただけたなあっていう気持ちで、 わたしはもう十分なのよ。そりゃ、ちょっぴり寂しい気持ちもあるわよ。(談)

平成20年2月17日 北国新聞 記事より

山盛りご飯完食難しい

輪島市久手川町に伝わる奇習「もっそう飯」が十六日、同町の民家で行わんわれ、住民がお椀に山盛りのご飯を味わい、先人の労苦をしのんだ。 藩政期から十五戸が持ち回りで行事を継承している同町本村地区は、 能登半島地震で今年の当番宿を務めた農業中本貞一さん(82)方が一部損壊、二戸が全壊するなどの被害を受けたが、無事にこの日を迎えた。 当番の女性らが約六升のコメを炊き、朱塗りの輪島塗椀に約五合の飯を盛った。午前五時半ごろ、集まった住民十人が順にはしを進め、 全員が食べきれずに残りを重箱に詰めて持ち帰った。

「もっそう」はご飯を盛る円筒状の木枠を言う。藩政期、年貢米を強要された農家が共有の隠し田で米を作り、年に一度、
役人の目を盗んで満腹になるまで食べたのが始まりとされる。


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お椀に高く盛られた飯を味わう住民 =輪島市久手川町

平成20年2月17日 北国新聞 記事より

県内外から公募して誕生した石引商店街のマスコットキャラクターを活用したにぎわい創出事業(北國新聞社後援)が十四日、 同商店街で始まった。 商店街と連携する金沢美大生が制作したTシャツの展示や商店街に隠されたマスコット人形を見つける催しなどが繰り広げられ、 買い物客らは商店街の新たなシンボルに親しみながら、街の魅力にも触れた。Tシャツ展は小立野バス停横の展示スペース「BE A FRIEND in石引」で始まり、美大生が制作した六点が並んだ。 シャツには金沢城の石垣づくりに使う戸室石を運んだという地名の由来にちなんで作られた色鮮やかなキャラクターが描かれ、 訪れた人たちが見入った。十五体のマスコット人形を見つける「石引マスコットを探せ」も行われ、 店舗に設置された人形を最初に見つけた人に美大生からTシャツが贈られた。買い物客はマスコットを探して商店街を巡り、 商店主や学生らと会話を弾ませた。

Tシャツプロジェクトのリーダー石川雄太さん(21)=同大彫刻専攻二年=は「買い物に来た人に楽しんでもらい、うれしい。 マスコットを通してこれまで以上に商店街に親しんでほしい」と話している。
Tシャツ展と「石引マスコットを探せ」は十七日まで。時間は午前十時から午後六時。最終日は、石引二丁目の空き店舗を改装したカフェ 「artoko」でお茶や菓子が振る舞われ、隣接する店舗の地下ではジャズライブなどが行われる。

石引商店街振興組合は昨年八月から金沢美大生と連携し、商店街を活性化する事業に取り組んでいる。

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美大生が制作したTシャツが並ぶ会場 石引2丁目の「BE A FRIEND in石引」  

平成20年2月15日 北国新聞 記事より



今民生児童委員の会合のため香林坊を車で通りかかったら木がイルミネーションで綺麗だったちょうど赤信号だったので写真を撮ったので載せて置こう帰ってきたら確認しよう

長坂町の曹洞宗大乗寺で十二日、釈迦の遺徳をねはんしのぶための涅槃(ねはん)団子作りが始まった。修行僧や地元の主婦ら約三十人が、白、黄、緑、ピンクの団子作りに取り組んだ。

団子作りでは米粉約二百キロが用いられ、修行僧がお湯を混ぜてこねた後、主婦らが丸めたり棒状に形を整えた。蒸した後に乾燥させ、十三日に袋詰めなどが行われる。

涅槃団子は釈迦の遺骨に見立てたもので、釈迦が入滅した二月十五日を前に、同寺で十四日に営まれる涅槃会(え)で参詣者に配られる。団子は厄除(やくよ)けや無病息災のお守りにされる。今年から、団子の中に当たりが設けられ、特賞から三等まで十六人に景品が贈られる。

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主婦らが作った色とりどりの浬槃団子  =長坂町

平成20年2月13日 北国新聞記事より

 

廊下、グラウンド・・・ 買い上げ見直しへ

金沢美大が学生から毎年買い上げている卒業制作品の保管管理に困り果てている。開学直後の約六十年前から集めてきた彫刻や絵画は約九百点に上り、これ以上収蔵する場所を確保できないためだ。戦後北陸の美術史上重要な作品群にもかかわらず、一括した公開展示もままならない「宝の持ち腐れ」状態の改善に向け、大学側は買い上げ制度の見直しも含め検討に乗り出した。

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グラウンド横に展示されている石彫の買い上げ作品
=金沢美大

 

 

賞金15万円

一九四六(昭和二十一)年に開学した金沢美大は四九(同二十四)年度から、漆や金工、日本画など専攻ごとに卒業、修了制作品のうち特に優れた一点を買い上げている。各専攻の担当教員が推薦した候補作が学内の委員会にかけられ、選ばれた学生には賞金として十五万円前後が支払われる仕組みだ。


十年以上前から学内に保管場所がなくなり、廊下や資料室などでの陳列が始まった。それも限界になると、近隣の小立野小や金沢21世紀美術館の収蔵品を保管している市教育プラザ富樫に保管を委託してきた。五年ほど前には、校舎裏に置かれていた彫刻作品を見かねた彫刻専攻の教員らが自費でグラウンド横を整備し、そこにも卒業制作品が並んでいる。最近では、展示場所が整わないことや賞金が安いことを理由に買い上げを拒む学生もいるという。学内からは展示館の建設など対策を求める声が上がり続けていたが、大学移転の問題や市の財政難もあって先延ばしにされてきた。


作品の年代や制作者などの情報も一元管理されておらず、せっかくの「お宝」が事実上放置されている現状だ。このため今年度から、芸術学専攻の教員五人が所蔵作品の実態調査を開始。その結果、「教員が個人で調湿材などを購入して保管している」(工芸) 「初期の作品に復元不可能な破損が見つかった」(彫刻)「多くが模型のため廃棄せざるを得ない」 (環境デザイン)などの問題点が明らかになった。

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歴史が凝縮

久世建二学長は「買い上げ作品には時代の息吹と大学の歴史が凝縮されている。いつでも利用できる美大のアーカイブス(書庫)として整備すべきだ」と話す。今後、すべての買い上げ作品を電子データで管理するなどの対策を検討することにしている。


金沢美大では十二日、「買い上げ作品展」が始まった。普段は小立野小に保管されている彫刻・工芸などの買い上げ作品七十四点が十五日まで展示されている。

平成20年2月13日 北国新聞より

金沢市野町1-2-2
Latitude : 36.556248
Longitude : 136.649599

 

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